昔やった仕事の話を書こう。学生時代はアルバイトに明け暮れていた。二十歳のころ、大衆割烹の宴会の給仕をやった。
客から注文を取り、ビールや料理を出す、酒をカンにする、伝票を切る。客が帰ったあとは大量の食器と残飯を片づける。酔客のヘドを素手で始末することもよくあった。
やがてまじめな仕事ぶりがアダとなり、3部屋の宴会をほとんど一人で仕切るようになった。
料理の注文は階下の調理場にメモで伝えるのだが、板前とはしばしば摩擦が起こった。たとえばお茶漬けの注文を出し、10分後にまたお茶漬けを頼むと、板前が「同じ注文はまとめて出せ」と文句を言うのである。
同じ料理の注文が時間を置いて2回出ることは実はよくあるのである。宴会中にだれかがお茶漬けを注文する。お茶漬けを持って行くと、それを見た仲間が「わあ、おいしそう。俺も。私も。」と追加注文が出るのである。注文が注文を呼ぶ。商売の極意である。しかし板前は客商売がわからないので、まとめて作らないと手間がかかると言って怒る。バカな話である。
給仕は接客業であり、板前は職人。同じ店で働いていても世界が違うのである。給仕はわがままな客と職人気質の板前との板ばさみになる。おそらくどこの店でも給仕と板前の間にはある種の確執があるのではないだろうか。
だから永六輔のような注文のうるさい客はこまるのである。焼き方やゆで加減をどうしろだの、味付けをこうしろだの、ニンジンを抜けだの、あるいはツウぶってメニューにないものを頼んだりする。そういうわがままを融通のきかない板前に取り次ぐのはしんどいのである。
メニューがある以上はメニューから選ぶのがルールだろう。ファミレスや大衆割烹の料理はいわば規格品なのだから、だまって出されるものを食べてほしい。それがいやなら高級料理店へ行くべきだろう。
この仕事は1年半ぐらいやったかな。パートのおばさんが楽なカウンターに逃げて手伝いに来なくなったので辞めた。てんてこ舞だったナァ。
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