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  ほぼ世捨て人/1999年1月

アパート残酷物語(2)

  〜 無策な日本の賃貸住宅事情 〜

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 木造アパートにはとことん愛想が尽きたので、念願のマンションを借りることにした。

 川崎の登戸にある5階建て新築マンションを借りた。多摩川が近いのでジョギングやサイクリングによい。家賃は管理費を含めて7万4千円。1年後に5千円値上げされた。

 借りる際、不動産屋が所得証明書を出せという。金を払うのはこちらでも、不動産屋はあくまでも大家の味方。借りる側はまったく信用されないのだ。仲介するなら平等に大家にも所得証明書を提出させよ。大家も連帯保証人を立てよ。アパートが担保に入って、大家が夜逃げして居住者が追い出されるケースだってあるのだ。

 念願の鉄筋コンクリートの部屋。やはり遮音の点で木造アパートとは全然ちがう。音が漏れないというだけで気分的にちがった開放感を感じる。音楽を大音量で…とはいかないが、普通の音量で聴くことができた。スピーカを自作して鳴らした。やっとヘッドホンなしで音楽が聴ける部屋を手に入れたのだ。

 しかし考えてみれば、隣の部屋の音が聞こえないというのはぜいたくでもなんでもない。当たり前のことであり、健康で文化的な最低限度の生活でしかないのである。

 このマンションは、30歳で退職するまでの2年近く住んだ。退居の際、部屋を汚したわけでもないのに敷金が9万円も引かれた。その内訳も明らかにされなかった。

 マンションを引き払った翌日から、自転車で日本一周の旅に出た。1年余りの旅から帰って社会復帰。

 ある大手電気メーカーの期間従業員になった。最初は社員寮に入ったが、相部屋で居心地が悪いので、再びアパートを探すことになった。

 小さな不動産屋に入ると、店の老女がこちらを値踏みするように一瞥(いちべつ)した。何しに来た、という態度だ。「仕事は?」と聞かれたので、勤めている地元の大企業の名前を出すと、ババアの態度が一変、手の平を返したように愛想がよくなった。ろくなものじゃない。不動産屋に行く時は服装に注意すべし。相手は人の足元を見る連中だ。  つづき

 ここで借家を借りた。一軒家で、6畳と4畳半の2部屋、3万5千円。雨戸が壊れて開け閉めできないというボロい家だ。が、壁を隔てた隣の部屋に人がいないというだけで気分的に楽である。

 今もこの借家に住んでいる。そろそろ10年になる。当分はここにいることになるだろう。

 日本の賃貸事情はひどいものだ。日本特有の悪名高き敷金・礼金。日本に住もうという外国人には理解不能な制度である。敷金は保証金だからまだしも、礼金に至ってはまったく名目不明である。

 国民がまともな家に住めるようにすることは、どこの国でも国策の優先課題であるはず。日本は、世界一高い家賃、家具のないボロアパート、土地不足と地価の高騰と、先進国の中で住宅事情は最悪である。

 政府が進めたのは持ち家政策だった。家を買う財力のある人だけを対象に補助金を出し、ローン金利を下げ、税金を優遇した。

 一方、賃貸住宅に関してはまったく無策であり、民間経営と不動産屋にまかせっきり、補助も規制も監視もしない野放し状態である。

 賃貸契約書を読むと、不平等な条文の羅列に腹が立つ。契約書には「甲(大家)の権利」と「乙(借りる側)の義務」ばかりがずらずらと並べられ、甲の義務や乙の権利はほとんど書いてない。こんなものに判を押さないとアパートも借りられないのが現実だ。借りる人間は客であり、金を払う側であるが、客の方がペコペコしている。

 賃貸住まいの貧乏人は完全に政府の政策の範囲外にある。自民党の無策ここに極まれりだ。

 将来は人にアパートを貸して、寝ていてもお金が入るような身分になりたいものだ。賃貸住宅に悩まされてきたボクの本音である。


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