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  ほぼ世捨て人/2000年6月

借金のことわり方

  〜 たとえ親友でも金を貸すな 〜

ほぼ世捨て人もくじ


 ある日、職場のアルバイト仲間のAからお金のことでよわっているという話を聞いた。同僚Bに金を貸したが、どうやって返してもらおうかという。

 Aはボクと同年代、頼まれたらいやと言えないお人好しタイプ。貸した相手は海千山千のB。来週になったら返すと言ったそうだが、どうみても自分から進んで返すような男ではない。取り立てに難航しそうな相手である。

 貸した額は5千円。ボクらにとっては大金である。この職場では1日フラフラになるまで働いて得られるのが正味6千円程度だから、ほぼ1日分の給料に当たる。無視できない額である。

 ボクのアドバイス。相手は最初から返す気などないからだまっていては取り返せないこと、こちらからしつこく催促すること、小額だからといって諦めないこと、日がたつほど取り立てが難しくなるから早目にケリをつけること、ケンカを覚悟で催促すべきことなどをアドバイスした。

 Bは案の定、翌週になっても知らんぷりを決め込んだ。毎日Aと顔を合わせているのにである。しかし、Aはアドバイス通りに催促してなんとか取り返すことができた。人のいいAとしては上出来だった。Aの予想外の催促にBも渋々返すしかなかったようだ。

 後日、「Bに金を貸したが返してもらえない」という同僚がAの他にも2人いることが判明。それぞれ3千円、2千円だった。5人の同僚のうち少なくとも3人がBの被害に遭っていることになる。典型的な寸借詐欺である。

 Bの手口はこうだ。日頃からお金に困っている話をする。「月末の支払いが迫っててさ…」「食券が買えなくてさぁ」などと言い、いかにピンチであるかを吹き込む。布石を打つわけだ。後日、頃合いを見計らって、「悪いけどお金貸してくれない?」と切り出す。「月曜日に給料をもらったら返すから」などと言う。そんなに困っているならかわいそうだ、それほど高額でもないしと、つい貸してしまう。知り合って一ヵ月以内に、人間性がバレないうちに借りるのがポイント。

 借りる額は数千円。相手の性格や人生経験に合わせ、泣き寝入りしそうな額を巧妙に決める。

 もちろん返済の日が来てもBはお金のことには一言も触れず、相手が諦めるのをじっと待つわけだ。Bは性格が悪いから、やがて相手はBの人間性を知って遠ざかるようになる。口を利かなくなれば、益々「お金を返して」とは言いにくくなる。現に、いまや5人の同僚のほとんどがBとは会話がない状態である。

 小額だから「まあ、いいや」と相手が諦めれば成功。返してくれとしつこくせがまれたら渋々応じる。ダメで元々の詐欺である。

 ところでこのBだが、同僚のボクには金を貸してくれと言ってこない。

 実は、知り合ってまもない頃のこと、仕事帰りにBと一緒になった時、お金がなくて困っている話を聞かされたことがある。
「来週までに×万円支払わなきゃならないんだけど、どうしても×千円足りなくてよわってるんだ。」

こう言われりゃ大抵の人は、「×千円でよかったら貸そうか」と言ってしまうだろう。そこがBのねらい目である。

 しかし、相手が悪かった。貧乏自慢、節約自慢では誰にも負けないボクである。待ってましたとばかりにこう切り返した。

「甘いね。オレなんか月5万円で暮らしてるよ。片道20キロを自転車通勤して×円浮かせたもんね。社員食堂なんか使わないで、弁当作って一食当たり60円ぐらいですませてる。70円のジュースなんか飲まなきゃ一週間で×千円の節約になるよ。…」
などと言い、得々と節約術を披露してやった。

 Bにしてみれば、うっかり伸ばした手を取られて逆手にひねられたようなもの。こりゃとんでもない相手だ、こんなケチ野郎が金など貸すわけないわいと思ったに違いない。貧乏に関しては、ボクに泣き落とし作戦は通用しないのだ。

 金を貸してくれなどと言おうものなら、即座にこう切り返しただろう。

「あのね、毎日400円の定食を食ってさ、たばこを吸って、自動販売機のコーヒー飲んで、それでお金に困ってるって? 笑わせないでよ。このオレを見なよ」と。

 ちなみに400円といえば、ボクの2日分の食費に当たる。

 特に、職場の同僚にはお金を貸す必要はないと考えている。「アンタとオレは同じ仕事をして同じ額を稼いでいるんだから、オレに金があってアンタが金に困る道理はないじゃないか」と答える。  つづき

 相手が社会人の場合、お金がなくてかわいそうということはまずない。金がない原因は大抵ギャンブルや酒、女などである。同情するだけムダというものだ。Bの場合は酒だった。

 かくいうボクも学生時代に無二の親友に金を貸したことがある。彼とは大学が別だったので文通していたが、ある時、システムコンポを買うから10万円貸してほしいと手紙が来た。夏休みになったらバイトして返すからという。その頃、ボクはオーディオ機器を買うために貯金があったので、現金書留でポンと10万円送ってやった。

 それからが大変。矢のような催促をして返してもらうまで丸一年かかった。しかも彼はアルバイトをして返済したのではなく、親から借りてなんとか都合をつけたのだった。楽をして借りたお金は額に汗して働いて返すという発想につながらない、それが人間の性だろう。

 お金を貸したら友達を失うというのは本当だと身をもって痛感した。これ以後、人に金を貸さないことを旨として生きている。

 借金のエピソードをもう一つ。ボク自身の体験ではないが、10年ほど前、ある工場でアルバイトしていた頃のこと。同僚のCが、同じ同僚のDに借金を申し込まれ、5万円貸した。その日が給料日で余裕があったからだ。ところが、Dは翌日から二度と職場に来なくなった。ずらかってしまったのである。

 給料日の翌日にバックレるのはアルバイトの世界ではよくあること。Dの場合、その行きがかりの駄賃として借金し、踏み倒していったわけで、計画的な犯行である。

 消沈したCに同僚は言ったものだ。「なんで給料日に金を貸したんだ。給料日に金がなくなる人なんかいないんだから。」

 人はなぜお金を貸すのか。貸す側の心理として、困っているからかわいそうだという同情がある。しかし、その裏には、自分はお金を持っているという優越感、ポンと貸して太っ腹な人、親切な人と思われたいというスケベ心があるのではないか。そのため、一々返済期日など尋ねるのはヤボだ、できるだけイキに、気前よく貸したいという心理が働く。

 ところが、貸した金を取り立てるという行為はその逆になる。貸す時に見せた見栄やかっこよさを一気に否定する行為である。心を鬼にして「×日までに必ず返してほしい」と言わなければならない。ケチで、不親切で、いじわるで、無慈悲な人だと言われる覚悟が必要だ。

 貸す時と取り立てる時、天と地ほど違う人物像を演じなければならない。それができない人は金を貸さないことだ。

 大金は貸さないけど小額なら貸すという人は多いが、これは間違いのもとだ。小額のお金ほど取り立てが難しいのだ。

 10万円も貸せば、なんとしても取り返すだろう。一千万円も貸せば、地の果てまでも追いかけていく。しかし、3千円、5千円ならしつこく催促しにくい。ケチな奴と思われるのも嫌だし、人間関係にヒビを入れてまで取り返すほどの額でもないなと考える。相手が職場仲間ならなおさらである。取り立ての面倒を考えると「まあ、いいか」と諦めることになる。

 千円以下になると「返して」と言うこと自体が難しくなる。「そんなハシタ金、どうでもいいじゃないか」「がめつい奴だな」などと思われてしまう。下手に電話で催促したり電車賃を使って待ち合わせたりすると経費で“元本”を失いかねないから、取り立て方法も限定されてくる。

 100円貸して催促するにはよほどの強心臓がいるだろう。ボクのように人と違った価値観を持たなければできるものではない。

 一番いいのは最初から人に金を貸さないことだ。ボクなら人間関係が壊れてもいいからきっぱりと断るね。こちらに落ち度がないのだから。それで関係が壊れる相手なら付き合う価値なし。向こうから去ってくれて手間が省けるというものだ。

 借金の断り方。「そんな金、何に使うの?」と余計なことを聞く人がいるが、これは一番ヘタなやり方だ。使いみちや返済方法まで言わせては期待を持たせることになる。こちらも同情心がわき、ますます断りにくくなる。しいては相手のプライドをキズつけ、話がこじれやすい。借金を断られ、逆上して刺すというのはよくあることだ。

 借金を断るのに余計な理由はいらない。「ない、ない」の一点張りでよい。「でも少しぐらいは持ってるでしょ」と言われたらこう答える。
「自分で使うための金はあるけど、人に貸す金は1円もないよ。」

 「ない」と言い切るためにも、普段から金品に見栄を張ったりおごったりしないことだ。見栄は寸借詐欺の絶好の標的になる。


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