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  ほぼ世捨て人/2000年10月

“新車”購入のいきさつ

  〜 この歳でバイクデビュー 〜

ほぼ世捨て人もくじ


 新車を買った。

 どうしてもガソリンで動く乗り物がほしかった。人並みに排気ガスをふりまいてみたかったのである。

 持たざる者の弱さ、今までは無公害の自転車をこぎ、排気ガスを吸わされ、車に追いまわされ、命の危険にさらされてきた。

 人が炭素や窒素をふりまきながら走っているのがうらやましかった。みんなでオゾン層に穴を開け、地球温暖化に貢献しているのに、ボクはその迷惑をこうむるだけで終わってしまうのはいやだ。

 思えばボクの半生は、社会に迷惑をかけず、社会から一方的に迷惑をこうむるだけの人生だった(ホントか?)。

 人の2分の1から5分の1の薄給で才能を売り、他人の出世のために働き、清貧に甘んじてきた。ボクの払った税金は自分が使わない道路や橋を作るために使われた。ボクの払った健康保険料は不摂生な者や働かない主婦の医療費をまかなうために使われた(独り者の掛け金はとびきり高いのだ)。ボクの払った年金は他人の老後の生活費に当てられた(ボク自身は年金をもらう権利がない)。

 人はたくさんの金を稼いで大量のエネルギーを消費し、大量のゴミを排出する。ボクは必要なお金だけ稼ぎ、最小限のエネルギーを使い、最小限のゴミしか出さない。人はせっせとおのれの子孫を作り、劣悪な遺伝子を残し、地球の害獣を増やしている。ボクはまだ自分の子孫を残していない。

 このまま「やられっぱなし」で終わりたくない。少しはやり返したい。

 人並みに他人や社会に迷惑をかけたい。後半生は「他人に厳しく、自分にやさしく」生きたい。地球に厳しい生き方がしたい。人生の半ばに達してそういう思いがつのる一方だ。

 せめて車を乗り回し、人並みに排気ガスをまき散らしたい。けたたましくクラクションを鳴らし、歩行者や自転車を追い回し、できれば人並みに一人ぐらいひき殺したい。なーに、交通犯罪は刑が軽い。しばらく鉄格子の中でまかない付きの生活をすればすぐに社会復帰できる。損害賠償は自動車保険がカバーしてくれる。

 そこで一念奮起してガソリン車を買うことにした。

 しかしである。貧乏人の悲しさで四輪車を買う金がない。各種税金・保険料にガソリン代…、クルマを維持するだけの財力もない。普通免許取得にかかる費用ももったいない。

 そこで大いに妥協して二輪車にスケールダウン。バイクである。それも最も維持費が安く燃費のいい原付バイクを購入した。大方の読者の予想通りの展開である。

 購入したのはホンダのリトルカブというバイク。新聞配達などによく使われているアレ(スーパーカブ)を小ぶりにしたバイクである。

 原付とはいえ、ボクにとっては初めての“大気汚染行為”となる。ついにボクにも社会に迷惑をかける番がきた。たっぷり排気ガスを吸わせてやるぜ。

 しかしである。わが愛車・リトルカブは燃費がよすぎた。実走でリッター70キロも走るのだ。

 普通の乗用車の燃費はせいぜい10km/l程度か。10キロごとにガソリン1リットルを燃やしながら走っているわけだ。東京・日本橋を出発すると、やっと山手線を越えた五反田のあたりでガソリン1リットルを消費してしまう。なんというバチ当たりなことか。  つづき

 それに引きかえ、わが愛車はどうだ。日本橋をスタートすると1リットルで小田原の手前、大磯ロングビーチあたりまで走ってしまうのだ。くやしいっ。

 制限速度は当然、時速30キロ(もちろん30キロで走っちゃいないが)。クルマの流れに乗ると捕まってしまうのでスピードが出せない。幹線道路では大型トラックの追い越しに肝を冷やすことになる(こないだはダンプに幅寄せされ、殺されそうになった)。

 ボクのバイクライフ。自転車より明らかに地位が向上したが、エンジン付きの車両の中ではもっとも“なめられる”乗り物である。車にひかれる危険におびえ、たっぷり排気ガスを吸わされながら走っている。

 人並みに社会に迷惑をかけるにも財力が必要なのだと痛感した。

 さて冗談はこれぐらいにしよう。貧乏人・AZMAがなぜ原付バイクを買い込んだか。バイク購入は単なる思いつきではなく、半年以上前からの懸案である。一言で言えば経済的理由からである。電車賃を節約するためだ。

 一日働いて7,000円という生活。10円、20円のお金を節約する人生である。ボクの経済力では移動手段として自由に電車を使うわけにいかなくなってきた。

 電車賃を浮かすために今までは自転車(軽量化したMTB)を使ったものだ。自転車はガソリンがいらないが、食費がかさむ。夏場は水分補給も必要。電車に乗るよりかえって高くつくこともある。

 自転車は移動に時間がかかる。通勤時間が増えるし、ちょっと遠出の旅をしようとすると日帰りではすまない。だんだん人生の持ち時間が減ってきたので、移動にあまり時間をかけるわけにはいかない。

 自転車を十分に楽しむには「金持ち」であり、かつ「時間持ち」でなければならない。意外にぜいたくな乗り物である。

 そこでバイクだ。原付の魅力は経済性にある。現在、ガソリンは1リットル100円程度。リトルカブだと100円で70キロ走ることになる。

 わが家から片道70キロ圏は、富士山、富士五湖、奥多摩、三浦半島、伊豆半島の北部が射程に入る。これらの地域に片道100円でアプローチできるのはすごい。電車なら100円では一駅も乗れない。

 通勤交通費の節約効果も大きい。片道300円区間の通勤を考えると、電車賃は一月1万2千円ほどになる。バスも使うならさらに数千円かかる。これがバイクならガソリン代、一月1,500円程度ですむ。その他にオイル代もかかるが、大した額ではない。

 先月、リトルカブを買ってからすっかりバイクにハマっている。自転車では危なくて走れなかった国道が走れるようになったり、スピード、登坂能力、乗り心地のよさなど、自転車との違いに感動することが多い。

 決して自転車ツーリングをやめたわけではない。旅の足として自転車には自転車のよさがある。バイクに乗ってからそれがよくわかった。景色を見る目的で走るなら自転車の方が上だ。

 来年は折り畳み自転車をリトルカブに積んで旅することを考えている。

愛車・リトルカブ

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