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  ほぼ世捨て人/2001年6月

不幸のウィンドブレーカー

  〜 定期入れを落とすとこうなる 〜

ほぼ世捨て人もくじ


 二ヶ月あまり前、13日の金曜日に突然ふりかかった不幸について書こう。

 その朝、いつも通り原付バイクで出勤。20キロほど走り、勤め先の工場の門に着いた。守衛に入門証を見せようとしたが、ない。入門証を入れた定期入れがない。たしかにウィンドブレーカーのポケットに入れたはずだが。納得がいかないまま、守衛に事情を話し、入門手続きをして門を通った。

 ロッカーへ向かいながら、定期入れを忘れたのか落としたのかを考える。バイクで走行中にポケットの中身が勝手に落ちるとは考えられない。落ちるとすれば前かがみになるしかない。

 そうだ、一度だけ前かがみになった。赤信号で停止した時、バイクのエンジンが止まったからだ。運転中のエンストはガソリンがなくなったことを意味するので、燃料コックをリザーブに切り換えた。コックをひねるには上体を斜め下にかがめる必要がある。このときに落ちたにちがいない。

 入門証をなくしたとなると、少々めんどうなことになる。ボクは派遣のアルバイトなので、派遣会社の担当者に事情を話し、工場の人事部に再発行を依頼しなければならない。朝からいきなりの厄介事である。

 ロッカーで着替えながら、定期入れに他に何が入っていたかを考える。気が動転してなかなか思い出せない。食堂のプリペイドカード、千円札が2、3枚(サイフを落としたときの予備に)。これらはどうでもよい。

 たしか銀行のキャッシュカードも入っていたはず。Oh,no! なんてこった。しかも今日13日は給料日だ(通常の給料日は15日だが、今月は15日が日曜のため、くり上がって今日が給料日)。薄給とはいえ、口座には小判が30両ほど振り込まれているはず。待ったなしだ。すぐにカードの引き出しを停止しなければ。

 ロッカーを出てすぐ工場内の公衆電話へ直行。銀行に電話すると、自動応答の声で「ただいま営業時間外です」という旨のメッセージが流れた。時計を見るとまだ7時50分。こりゃだめだと電話を切ろうとしたら、続けて「カード紛失などの連絡はXX-XXXXに…」と電話番号を言った。

 その番号に電話すると、中年男の係が出た。「カードを落としました」と上ずった声で告げると、男は落ち着き払った口調で、「ではすぐにカードの取り扱いを停止します」といい、テキパキと必要事項を聞いてきた。名前、口座番号、なくした日、なくした場所。「通帳と印鑑は大丈夫ですね」と確認される。カードでの引き出しはできなくなるが、通帳での引き出しは今まで通り可能だという。後日、郵送でカード再発行の申請書を送ります、とのこと。

 昔、キャッシュカードを紛失した友人がいて、再発行のために書類を何枚も書かされたと言っていたのを思い出す。気が重いな。しかも手続きするには平日に銀行へ行く必要がある。一人暮らしの身では平日に用を足すのはむずかしいのである。

 遅刻しそうなので、電話の後、急いで職場へ走る。トイレに行くひまもなく、すぐに仕事が始まる。

 朝からいきなりの不運ですっかり動揺しているので、作業ミスが出ないよう気をつける。作業しながら定期入れに何が入っていたかを考える。

 待てよ。たしか運転免許証も定期入れに入れていたんじゃなかったか? Oh,no! なんてこった。免許証紛失! 朝から不幸の連続である。さすがは13日の金曜日だ!?

 免許証を再発行するには平日に運転免許試験場(神奈川県・二俣川)に行かねばならない。また官憲の世話になるのか、やだなー。電車賃もかかるし、何より平日に仕事を休まなければならない。有給休暇などないから欠勤扱い、しかも皆勤手当がふっ飛ぶから痛い。

 それに免許証を再発行するまでバイク通勤できないぞ。免許証不携帯で捕まってしまう。いや紛失したのだから無免許になるのかな。電車とバスで通勤すると往復1,800円ほどかかる。経済的損失は甚大だ。

 やるべき手続きが目白押しである。入門証とキャッシュカードと運転免許証をいっぺんになくすとさすがに仕事どころじゃないな。気もそぞろで作業に身が入らない。

 この事態とは別に、来週から同じ会社の別工場に配置転換されることになっていた。この日がこの工場での最後の勤務日。ただでさえやるべきことがいろいろあって気を遣う日なのに、その上にこの不幸である。  つづき

 作業中にやって来た派遣会社の担当者をつかまえ、入門証紛失の事情を話し、再発行を依頼する。ついでに配置転換の件についても確認する。

 午前10時頃、職場の長が伝言を伝えにきた。なんとボクの定期入れを拾ったという人から工場に電話が入ったというのだ。早速その人の連絡先に電話してみた。

 人のよさそうな中年男の声。運送会社の従業員らしい。クルマで信号停止したとき、国道の端に落ちている「サイフ」を拾ったという。彼の勤め先は隣の市にあり、夜8時ごろまで会社にいるという。仕事を終えてからボクが彼の勤め先に立ち寄ることで話がついた。やれやれだ。

 派遣会社の担当者に電話でこのことを連絡。ついでに来週の配置転換について再度打ち合わせる。心配事が一つずつ片付いてきた。

 定時に仕事を終わる。前述通りこの工場の勤務は今日が最後。現場の社員やグループ長に挨拶して帰る。ロッカーに入っている作業着、ハンガー、安全靴など諸々のものをパッキングする。これだけでも気疲れする日なのだ。

 バイクで工場を出発。ロッカーの荷物で走りが重い。

 拾ってくれた物を取りに行くのに手ぶらというのもなんである。何かお礼がしたいのだが、お金など差し出すのは適当じゃない。高額なギフトなどは受け取ってもらえないだろう。こういう場合の感謝の表し方が難しい。ケーキ売り場で洋菓子のパックを買い、手みやげとする。

 時間が押して薄暗くなってきた。くだんの男性が勤める会社へ急ぐ。おっと、その前にやるべきことがある。給油だ。そもそも燃料コックをリザーブに切り換えてから始まったこの不幸。最後にガス欠でバイクを押し歩くはめになったら立ち直れないからな。

 目当ての倉庫会社を見つけ、事務所を訪ねると、その親切な男性はいた。ボクと同年代ぐらいか。男性は拾った定期入れをボクに渡しながら、中身をよく確認してくださいと言った。その場で中身をあらため、すべてそろっていることを確認。

 拾ったとき警察に届けようかと思ったが、車を停められなかったのでよしたという。官憲に渡してしまえば簡単だが、受け取る側の手続きは面倒になる。警察に届けず、自分で手間をさいて電話してくれたのがありがたい。融通の利く人で助かった。

 ていねいに礼を言い、手みやげを渡す。すんなり受けとってくれてよかった。

 これでやっと今日の心配事がすべて片付いた。いやはや、大変な一日だったな。少しずつ緊張を解きながら、まっ暗な家路をバイクで走る。

 自分の落ち度を棚に上げるのもなんだが、不幸の原因になったウィンドブレーカー。腰のポケットにはボタンもファスナーもついてないので、中身が落ちやしないかと以前から気がかりだった。かといって入門証を胸の内ポケットに入れたのでは片手で取り出すのが困難。いずれ対策を考えようと思いつつ腰のポケットを使っていた。

 前かがみになるとポケットの中身が落ちるようなジャンバーは欠陥商品だと断じる。多くのジャンバーでポケット開口をわざわざ斜めにカットし、中身がポロポロと落ちやすくなっている。手がつっ込みやすいというファッション上の理由なのだが、おかげでポケットとしては実用性ゼロ、単なる飾りになり下がっている。

 ジャンバーのポケットは手をつっ込むためにあるのではない。中身が落ちないよう開口を上向きにすべし(幼稚園児の制服のポケットのように)。さもなくばボタンかファスナーをつけるべきだ。

 大枚3,900円(税別)も払ったウィンドブレーカーにまともなポケットがついていない。納得がいかないので買い換えようと思い、後日ディスカウントショップを探した。が、ほとんどすべてのジャンバーが同じポケットしかついていないのであきれてしまった。

 教訓。ジャンバーの腰ポケットに貴重品を入れると不幸が訪れる。


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