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  ほぼ世捨て人/2002年2月

サラリーマンの金銭感覚

  〜 女房から小遣いをもらう人々 〜

ほぼ世捨て人もくじ


 不況でサラリーマンの小遣いが減っているという。昼食代をケチって500円で済ます亭主が増えた。マスコミはかわいそうなお父さんに同情し、ワンコイン亭主という言葉まで生まれた。

 小遣いの少なさを嘆く風潮は野々村真あたりが先駆者だと思う。ひと月の小遣いが3万円だか5万円だかというので世間の同情を買っている。

 小遣いが少ないから貧乏だ、かわいそうだというのはまったくナンセンスだ。小遣いが少ないのはそれ以外のことにたくさんのお金を割いているからに過ぎない。子供に不必要な教育を施し、分不相応の家を建てて住宅ローン漬け。クルマのローンにガソリン代、駐車場代。安定を求めて年金に健康保険、生命保険、老後に備えて財形貯蓄だと、不要不急なところにせっせと金を投じる。だから小遣いが少ないのである。どこに金を投じるかは本人の選択だ。女房、子供を買ったのも己が子孫を残すための選択である。小遣いが少ないのがいやなら女房や子供を家から叩き出せばよいのである。

 金持ちか貧乏かは小遣いの額ではなく収入の額で決まる。サラリーマンの場合、収入は年代に応じてほぼ決まっており、小遣いの多い人も少ない人も年収に大差はない。同年代で収入が2倍も3倍も違うということはない。普通のサラリーマンに誰が金持ち、誰が貧乏ということはありえないのである。

 その点、売れっ子タレント・野々村真はまちがいなく裕福であり、一般人とは比較にならない高額所得者。サラリーマンが同情するには及ばない。彼はかわいそうなのではなく、単に情けないのである。自分で使うお金の額を自分で決められないだけだ。女房がしっかりしていてたんまり貯め込んでいる。むしろうらやましいと言うべきだ。彼自身“女房にサイフを握られたかわいそうな男”を売り物にしているが、世間の同情を買うにはうまい手だ。

 そもそも日本人男性はなぜ家計を女房にまかせるのだろうか。これはボクが考える日本人七不思議の一つである。稼いだ金をすべて妻に渡して家計を管理させ、小遣いとして必要な額をもらうという日本独特のシステム。なぜそんな情けないことをするのかさっぱりわからない。自分で稼いだ金は自分で管理し、女房にこそ小遣いを渡すべきだ。それが世界の常識である。もっとも日本の女はよくできていて、めったに浪費しないから安心ではあるが。

 サラリーマンの金銭感覚の特徴に「目先の金に弱い」という点が挙げられる。サイフの中身や小遣いの額で貧富を判断する。サイフの中を見て、お金がたくさん入っていれば金持ち、少なければ貧乏。これは小学生並みの金銭感覚である。

 金持ちか貧乏かはサイフの中身とは関係がない。サイフが空っぽでも銀行に何千万円も預けている人もいれば、サイフの中身が全財産という人もいる。

 子供時代は母親から小遣いをもらい、長じて結婚すれば女房から小遣いをもらう。小遣いとはこれだけは全部使ってもいいよという額を他人に決めてもらうシステムだ。手元にある金が自分の自由になる額のすべてだ。だから目先の金に弱くなる。これではいつまでたっても金銭感覚は身に付かない。自分で得た金をすべて自分で管理し、自分で振り分け、使いみちを決定するという経験を積まない限り金銭感覚は発達しない。

 目先の金に弱いサラリーマンは毎月の手取り額で自分の収入を判断する。手取り額は知っていても額面でいくら稼いでいるか、年収はいくらか即答できるサラリーマンは少ないのではないか。手取りの12倍が年収ではないのだよ。

 会社員を辞めてフリーランスのエンジニアになった当初、月収約20万円の薄給だった。フリーだからボーナスも残業手当ても一切ない。この中から通勤定期代、健康保険や年金、所得税、市民税などすべて自分で支払わなければならない。  つづき

 しかし、サラリーマンの同僚たちはみな高収入だとうらやましがった。彼らの手取りは10〜15万円だったから、月収20万円なんてすご〜いと言う。彼らは計算ができないのである。

 フリーの月収20万円とサラリーマンの月収20万円は意味が全然ちがう。フリーの月収20万円は年収240万円。これはボーナス4ヵ月分付きのサラリーマンの月給に換算すると額面15万円であり、各種の社会保険や税金、財形貯蓄などを天引きすると手取り約11万円台のサラリーマンと同じレベルなのである。こういう比較がまるでできないのがサラリーマンの特徴。目先の金しか見えないのである。

 結婚、出産、教育、マイホーム、老後…。サラリーマンの人生設計はサラリーを前提として成り立っている。途中でリストラされたら人生設計はすっかり変わることになる。

 昨年、アルバイト仲間に50歳過ぎの男がいた。2年前に会社をリストラされたというが、この男が会社員時代の金銭感覚をそのままひきずっているのであきれてしまった。フリーターという身分に対する自覚すらない。

 このときボクらがやっていた仕事は時給1200円。アルバイトとしては破格の高収入。昨年暮れで二人ともクビになるというとき、「生活費が残ってないのですぐ次の仕事を探さなきゃいけない」と相当困っている様子。1年も高収入の仕事をしていたのだから貯金ぐらいはできたはず、そのことを指摘すると、
「何かと出費が多いからね。女房もいるし、子供も大学生だから」。
まるで「お前のような気楽な独り者とは違うんだ」と言いたげな口ぶり。

 独り者だろうが女房が10人いようが、収入の範囲で生活しなければならないことに変わりはない。家族がいれば天から金が降ってくるとでも言うのか。

 彼の給与明細を見ると社会保険に毎月3万円も引かれている(社会保険に加入しない選択もできるのに)。社会保険とは今の人生に満足している人間が加入するもの。フリーターの薄給で、今でさえまともな生活ができないのに将来の備えをしてどうする。さらにマイホームもクルマもあり、毎日社員食堂で500円の昼食を食い、太ってきたからダイエットしている。それで生活が苦しいと言うのだから驚く。サラリーマン時代に膨張した生活をしぼませることができないのである。話をしていて金銭感覚の甘さ、人生に対する甘さに驚く。人生でボクの10分の1も苦労していないと思われる。

 妻帯者ならこういう時こそ今まで散々楽をさせた女房を外に出して働かせるべきだ。それができない亭主は働くロボットであり、女房の奴隷である。女房、子供を養うのが男の勤めだという古くさい美学に洗脳されてきたツケだ。

 サラリーマンとして何年働こうが、クビになれば何の技能もないただの中高年。この不況の時代、正社員としての再就職は無理。ただのフリーターである。フリーターにはフリーターに見合った生活レベルがある。金銭感覚を改めて生きていく以外にはない。

 初めてやったアルバイトがいきなり時給1200円だというから、彼にとっては幸運というか不運というか、アルバイト生活はこんなものかと思っているようだ。本当は時給900円で生活できなければならないのだが。時給1200円でも生活が苦しいというならこの先生きてはいけない。自殺するしかないだろう。

 安定収入を失うといろいろなものを諦めなければならない。ボクもエンジニアを辞めてフリーターを選択した時点で多くのものを諦めた。結婚、出産はもちろんのこと、車や家を持つこと、生活の安定、老後の保証、金のかかる趣味など、あらゆる人並みな生活をすべて諦めた。人は収入の中でしか消費できないのだから当然である。分相応な生活ができない人はいくら稼いでも貧乏である。


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